大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)5781号 判決 1975年12月22日
原告
山崎浄
法定代理人親権者
父
山崎靖文
母
山崎睦子
訴訟代理人
石上清隆
被告
古川健二
古川多栄子
訴訟代理人
戸谷茂樹
被告
船塚新二
訴訟代理人
駒杵素之
主文
一 被告古川健二、同古川多栄子は、各自原告に対し金三九万円と、うち金三五万円に対し昭和四六年一月一日から、うち金四万円に対し昭和四九年一月一九日から、各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告古川健二、同古川多栄子に対するその余の請求と、被告船塚新二に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告古川健二、同古川多栄子との間に生じた分は三分し、その二を原告のその一を同被告らの各負担とし、原告と被告船塚新二との間に生じた分は原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができ、被告古川健二、同古川多栄子は共同して金二〇万円の担保を供して仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、原告
被告らは各自原告に対し金一五七万四、五〇〇円と、うち金一四〇万四、五〇〇円に対する昭和四六年一月一日から、うち金七万円に対する昭和四九年一月一九日から、うち金一〇万円に対する昭和五〇年一二月二三日から、各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決と仮執行の宣言。
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二 当事者の事実上の主張
一、本件請求の原因事実
(一) 身分関係
山崎靖文
山崎睦子}原出山崎浄(昭44.3.22生れの長男)
被告古川健ニ
被告古川多栄子}訴外古川恵則(昭42.7.21生れの長男)
(二) 事故の発生
原告は、昭和四五年一二月二二日午後九時ころ、被告船塚新二が経営する大園温泉という公衆浴場に母山崎睦子に伴われて行き、入浴後、女湯脱衣場にあるベビーベツドにいたとき、その下の脱衣箱の扉に左中指先をはさんで負傷した。その原因は、被告古川多栄子に伴われて入浴にきて脱衣場にいた訴外古川恵則が、たまたま脱衣箱の扉が少し開いているのを見つけ、勢よく閉めたことにある。
(三) 責任原因
(1) 被告古川健二、同古川多栄子
古川恵則の行為は、不法行為に該当するところ、古川恵則は、事故当時三歳五か月の幼児で責任無能力者であつたから、その両親である被告両名が不法行為責任を負わなければならない。
(2) 被告船塚新二
大園温泉女湯脱衣場の脱衣箱の扉が閉まらず半開きのままになつていることが多かつたが、ベビーベツドの上に乳幼児がいた場合、他の浴客である幼児が半開きの扉を閉めたとき、ベビーベツド上の乳幼児の手足の位置によつては、扉に手足をはさまれる危険がある。
同被告はこのような危険が予見できたのに、扉の状態に注意して脱衣箱を安全な状態に管理しなかつた。従つて、同被告には、民法七〇九条の責任がある。
同被告は、脱衣場の整理を訴外上手富子にやらせていたのであれば、同訴外人の使用者として同法七一五条の責任を免れない。
上手富子は古川恵則が原告の側に行くのを発見して、直ちに制止し、半開きの扉に原告が手をはさまれることのないよう適切な措置を講ずべきであつたのに、これを怠つた。
(四) 傷害の部位、程度
左中指先切断
(五) 原告の被つた損害
(1) 逸失利益
金六〇万四、五〇〇円
月収 金六万八、四〇〇円(昭和四五年の賃金センサスによる)
労働能力喪失率 0.05パーセント
(後遺症一四級に該当)
労働能力喪失期間 二〇歳から六三歳まで四三年
6万8,400円×0.05×12月×14.7296(ホフマン係数)=60万4,500円
(2) 慰藉料 金八〇万円
(3) 弁護士費用の損害
金一七万円
着手金 金七万円支払いずみ
報酬 金一〇万円判決言渡の日に支払うことを約束
(六) 結論
被告らは、各自原告に対し金一五七万四、五〇〇円と、うち金一四〇万四、五〇〇円に対しては不法行為の日以後である昭和四六年一月一日から、うち金七万円に対しては本件訴状が被告らに送達された日の翌日である昭和四九年一月一九日から、うち金一〇万円に対しては本件判決言渡しの日の翌日である昭和五〇年一二月二三日から、各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。<以下省略>
理由
一本件請求の原因事実中第一、二項の各事実は当事者間に争いがない。
二本件事故の発生経過について
<証拠>を総合すると次のことが認められ、この認定に反する前掲各証言や各結果のそれぞれ一部は採用しないし、ほかにこの認定の妨げになる証拠はない。
(1) 大園温泉の女湯脱衣場の模様は添付図面のとおりである。
(2) 被告船塚新二は、昭和四四年六月二九日ころ、ベビーベツドの1ないし10を買つて設備したが、本件事故当時、ベビーベツドの下の脱衣箱の扉の鍵の毀れたものはなかつた。
(3) 本件事故当時、番台には、被告船塚新二の妻訴外船塚喜代子が坐り、女湯脱衣場には、従業員訴外上手富子がいた。これらの者は、脱衣場を清掃し、脱衣箱の扉が開け放しになつているのを閉めたりし、浴客が連れてきた乳幼児を一時預つたりしていた。
(4) 山崎睦子は、原告と入浴後脱衣場に出て、脱衣箱11に入れていた服などを着用し終り、原告を9のベビーベツドに坐らせ、自分は、11の附近で、鏡に向つて髪をといていた。
(5) 恰度そのとき脱衣場にいた被告古川多栄子は、入浴すべく服を脱ぎかけていたが、古川恵則は、9のベビーベツドの下の脱衣箱の扉が半開きになつていたのを見つけ、これを閉めようとして、勢よく閉めたところ、原告の左中指がはさまつた。
(6) 当時、原告は、一歳九か月、古川恵則は、三歳五か月であつた。
三責任原因と原告側の過失について
(一) 被告古川健二、同古川多栄子
古川恵則は、半開きの扉を閉めるに際し、原告の左中指先が出ていたのに気がつかないまま、勢よく閉めたもので、古川恵則にはこの点で過失があり、これによつて原告に損害を加えたのであるから、同被告らは、民法七一四条一項による損害賠償義務がある。
(二) しかし、山崎睦子は、本件事故のとき、原告から目を離し原告を十分監視し続けていなかつた点に過失があるから、当裁判所は、山崎睦子のこの過失を三〇パーセントに評価し、これを原告側の過失として過失相殺する。
(三) 被告船塚新二
本件事故の原因は、古川恵則が半開きの脱衣箱の扉を閉めたことにあるが、扉を閉めること自体は別に危険な行為ではなく、たまたま、そこに、原告の左中指先が出ていたため不幸な結果をもたらしたのである。しかも、原告も古川恵則も、ともに、母親の監督下にあつたのである。
このようにみてくると、本件事故は、予想外の事故であるといえる。もし、本件のような事故の発生が当然予想できるのなら、傍にいた原告と古川恵則の母らがいち早く古川恵則の行為を制止したと考えられる。つまり、原告と古川恵則の母らは、単なる古川恵則の悪戯ぐらいにしか気にとめていなかつたのである。そうすると、被告船塚新二又は従業員上手富子が本件のような予想外の事故にまで想到して、脱衣箱の半開きの扉を閉める義務があるとすることは、余りにも苛酷な要求であるとするほかはない(公衆浴場では、子供が脱衣箱の半開きの扉を見つけ、これを開けたり閉めたりして遊んでいるのをみかけることがあり、これに対し大人の浴客が特別注意しないで子供の悪戯として見逃している。このことは公衆浴場を利用したことのある者は誰しも経験することである。)。そのうえ、被告船塚新二側が、原告と古川恵則が本件事故当時母親の監督下にあることから、原告と古川恵則の動静について格別の注意を払わなかつたことも責められるべきではない。つまり、脱衣箱の扉が半開きになつていても、そのためなんらかの危険が迫つた場合、その母親らが適切な措置をとることを、浴場側は期待してもよいということである。
以上の次第で、被告船塚新二には、原告が主張するような過失があつたとするわけにはいかないし、ほかに、同被告の過失が認められる証拠はない。従つて、原告の同被告に対する請求は、この点で排斥を免れない。
四原告の傷害の程度と損害額について
(一) 原告の傷害の程度と治療の経過
<証拠>によると次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 原告は、事故直後訴外尾野診療所で医師から左中指断端形成術の治療を受けたが診断名は左中指切断である。
(2) 原告は、翌日から昭和四六年二月一一日まで大阪厚生年金病院に通院して加療を受けた。その実日数は約二〇日である。
(3) 原告の左中指骨は、右中指骨より約三ミリメートル短小であることがX線の結果判るが、外観的には左中指が変形している。しかし、今のところ機能的には格別障害はない。
(二) 原告の損害額
(1) 逸失利益 〇円
原告は、この受傷により、左中指の末節骨の先端を三ミリメートル失つたわけであるから、これは後遺症等級表の一四級の六に該当する。しかし、この器質的障害が原告の現在の労働に直ちに影響を与えているわけではなく、将来この障害が原告の職業の選択や遂行上どのような結果をもたらすかは全く未知数に等しい。そのうえ、磯能的には現在なんらの障害がないのである。従つて、当裁判所は、今直ちに原告の逸失利益を積算することをせず、慰藉料算出の一斟酌事由にする。原告としては、将来就職時になつて、この障害のためなんらかの不都合な結果が生じ損害が具体的に発生した場合には、そのとき、損害賠償請求ができるのであるから、今の未知数の段階で逸失利益を積算するのは不適当である。
(2) 慰藉料 金五〇万円
本件に顕われた諸般の事情を斟酌し、原告の精神的苦痛に対する慰藉料は、後遺症の慰藉料、通院中の慰藉料を含め金五〇万円が相当である。
(3) 過失相殺
原告側には前述したとおり約三割の過失があつたから、金五〇万円を過失相殺すると、原告の損害は金三五万円になることは計数上明らかである。
(4) 弁護士費用の損害 金四万円
原告の本件事故による損害は金三五万円であるところ、原告は、本件原告訴訟代理人に訴訟委任をし金七万円を着手金として支払つたことが原告法定代理人山崎睦子の本人尋問の結果によつて認められるから、このうち金四万円を本件事故の損害とするのが相当である。
五むすび
被告古川健二、同古川多栄子は各自原告に対し金三九万円と、うち金三五万円に対する本件不法行為の日以後である昭和四六年一月一日から、うち金四万円に対する本件訴状が同被告らに送達された日の翌日である昭和四九年一月一九日から、各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本件請求をこの範囲で正当として認容し、これをこえる同被告らに対する請求と、原告の被告船塚新二に対する請求を棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条に従い主文のとおり判決する。 (古崎慶長)